大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)1388号 判決 1992年1月24日

原告

井上秀明

被告

浅井敏男

ほか一名

主文

被告らは原告に対し、連帯して、金四三二万〇五六五円とこれに対する昭和六三年五月一四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の、その余を被告らの各負担とする。

この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、連帯して、金一一五三万九三七三円とこれに対する訴状送達の日の翌日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事件の概要

本件は、原告が左記交通事故の発生を理由に被告浅井に対しては民法七〇九条により、被告会社に対しては自賠法三条により、それぞれ損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 昭和六二年三月一六日午後一一時二五分頃

(二) 場所 名古屋市南区寺部地内名古屋都市高速大高線下り六・四キロポスト

(三) 加害車両 被告会社保有の普通乗用自動車(名古屋三三ろ三七六〇)

(四) 加害者 被告浅井

(五) 被害車両 普通乗用自動車(名古屋五七ら二三五五)

(六) 被害者 原告

(七) 態様 原告が被害車を運転して前記事故場所付近を走行中、被告浅井の運転する加害車に追突された。

(八) 傷害 外傷性頸部症候群

2  責任原因

本件事件は、被告浅井が飲酒のうえ加害車を運転し、かつ、前方注視義務を著しく懈怠したために発生したものである。

被告会社は、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していたものである。

二  争点

被告らは、本件事故による原告の受傷の部位・程度や治療の必要性の程度を争い、損害額について争つている。

第二争点についての判断

一  原本の存在と成立に争いのない甲二ないし五、七、九、一一、一九、乙八ないし一一、一三、成立に争いのない甲一三、一四、一七、二〇、二八、乙一四ないし一七、弁論の全趣旨により成立の認められる乙一八の一・二、二〇(ただし、乙一八の二の被写体についての争いはない。)、証人大菅志郎の証言、鑑定人猪田邦雄の鑑定結果及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、

1  原告は、本件事故に遭うも特に自覚する受傷はなく、翌三月一七日の夜から予ねてから予定していたスキー旅行に出かけたところ、翌一八日になつて、旅行先で頸部痛、頭痛、吐気を覚え、最寄りの神岡町病院で受診し、外傷性頸部症候群、胸部打撲の診断を受けた。そこで、原告は、旅行から戻つて直ちに大菅病院での診察を受け、以降、同病院において、昭和六二年三月一九日から同月二二日まで通院(実通院日数二日)し、翌二三日から同年一二月二七日まで入院(入院日数二七九日)し、その後も翌六三年四月六日まで通院(実通院日数六一日)して治療を受けた他、昭和六二年一二月七日には名古屋第一赤十字病院で受診し、同年八月二日から翌六二年四月三日までの間、多数回にわたつて豊國はり、きゆう、マツサージ治療院の出張による按摩治療を受け、また、入浴施設である中部健康センターに通つたりもしたが治癒するに至らず、その後、自賠責保険調査事務所により自賠法施行令の別表の障害等級一四級一〇号に該当する後遺障害が残つた旨の認定を受けるに至つた。

2  ところで、大菅病院の医師は、初診時、原告の症病を外傷性頸部症候群、胸部打撲と診断したが、症状は微熱があるものの特に他覚的な所見はなく、頸部痛、頭痛、めまい、全身倦怠感等を訴えるのみであつたので、消炎剤や湿布薬などを与えて通院を指示し、その後、食欲の低下の他には原告の症状に初診時に比して特段の変化はなかつたけれども入院治療に切換えた。右病院の医師大菅志郎による原告に対する入院以降の治療は、入院時の検査でも特に他覚的異常所見は認められず、結局、自覚症状に対して消炎鎮痛剤、湿布、ビタミン剤などを投与するのみの対症的な治療にほとんど終始し、原告が入院中に新たに訴えるに至つた腰痛、右肘、右膝痛、左肩痛などに対しても他覚的な所見はなく、投薬が対症的になされたに過ぎないし、昭和六二年四月一三日からは牽引、超短波、機能訓練が追加されたが、原告の自覚症状の改善はほとんどみられなかつた。同年一二月七日の名古屋第一赤十字病院整形外科の診断は、神経学的、レントゲン上の異常は特に認められず、原告の症状は心因的要素が強いものであるので、長期の入院は必要でなく、早期の社会復帰が必要である、というものであつた。原告は、入院治療中の頃から、病院での治療の他に院外での按摩治療や入浴治療を併用してきたが、これらの治療は病院の医師の積極的な指示によるものではなく、原告の独自の判断で行つていたものであるが、医師は、原告の症状が心因的要素が強いものであるため、院外での按摩治療等についても、本人の希望を容れてこれを認めていたものである。原告は、入院期間中、看護婦が行う午前と午後の二回の検温時にも病室に在室しないことがしばしばであつたばかりか、頻繁に外出し、病院の近くにある父親の店舗を訪ねて時を過ごし、或いは外泊することもかなりの回数に及んでいたことが窺える。

3  本件事故は、原告の運転する被害車両が時速七〇キロメートル位の速度で走行中、その後部に被告浅井の運転する加害車両が時速九〇キロメートル位の速度で追突したもので、被害車両の助手席に同乗していた訴外近藤綾子も本件事故で受傷したが、全治約三週間を要する頸部挫傷であつた。なお、原告も右訴外人も本件事故時にはシートベルトを着用していた。

4  鑑定人による鑑定の結果は、本件事故による原告の受傷は頸椎の捻挫であるが、その後の自律神経症状の発症などの経過から外傷性頸部症候群とすべきものであり、発症までの日数、症状、頸椎の運動性からみると軟部組織の損傷は軽度のもので、自律神経症状の強い時の短期間の入院はやむを得ないとしても、必ずしも入院は必要ではなく、種々の要因を考えると就労しながら三か月位の通院加療が必要であつたものと考えられ、また、適切な治療が行われれば、遅くとも受傷後六か月を経過した時点では医学的には症状は固定したとみることができる、というものであった。

以上の各事実を認めることができ、これらの事実を総合して考えると、原告の本件事故による直接的な受傷は比較的軽度の頸椎捻挫であり、原告が訴える諸症状の多くは、他覚的所見の裏付けのない心因的要因によるものと認めることができるが、かかる心因的要因による諸症状も本件事故による受傷を契機に発現したことは明らかであり、本件事故との因果関係を全く否定しさることは相当ではなく、当裁判所は、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して本件事故の原告の症病に対する寄与度を参酌して原告の被告らに対し求め得る損害賠償額を定めるのを相当と考える。そこで、この見地から本件事故の寄与度をみるに、前示の本件事故の態様、原告の受傷の部位、程度、治療の経緯等諸般の事情を総合勘案して、原告の後記認定の損害に対する本件事故の寄与度を六〇パーセントとみるのを相当とする。

二  損害額

1  治療費(請求五一八万五一四〇円) 五〇四万二一四〇円

原本の存在と成立に争いのない甲六、八、一〇、一二及び成立に争いのない甲一五、一六、一八、二一の一ないし三によると、原告の大菅病院での入、通院治療費と神岡町病院の治療費等の合計額は右金額であつたことが認められる。

なお、原告は、按摩治療代及び入浴治療代も本件事故と相当因果関係がある旨主張するが、これらの治療は医師の積極的指示に基づくものではなく、その必要性を認めるに足る証拠もないので、これらの治療代は本件事故と相当因果関係があるものとはいえない。

2  入院雑費(請求三三万四八〇〇円) 二四万一二〇〇円

入院雑費は、入院当初の九〇日は一日当たり一〇〇〇円、その後の一八九日は一日当たり八〇〇円と認めるのが相当であるから、入院期間二七九日間で右金額となる。

3  交通費(請求一万五一四〇円) 〇円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により、原告が中部健康センターに入浴治療に出かけた際、タクシーを利用し、その代金が一万五一四〇円であつたことが認められるが、右入浴治療が本件事故による傷害の有用な治療方法であるとは認め難いことは前認定のとおりであるから、右タクシー代の本件事故との相当因果関係を認めることはできない。

4  休業損害(請求も同額) 一四〇万七七四四円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、専門学校と通信制の高校を卒業した一八歳の男性で、本件事故当時は無職であつたが、自衛隊の自衛官試験を受け、採用予定の通知を受けており、近く入隊が予定されていたのであるが、本件事故に遭つて入隊出来なくなつたことを認めることができる。

右事実によると、原告は、本件事故に遭わなければ、少なくとも大菅病院を退院するまでの九か月間、昭和六二年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の一八歳から一九歳までの年収額を基礎に計算した額の収入を得たであろうと推認でき、それによると休業損害は、原告の主張する一四〇万七七四四円を下回ることはない。

5  入通院慰謝料(請求二八〇万円) 一三〇万円

前記認定の受傷の部位・程度、入・通院期間等を考慮すると、右金額が相当である。

6  逸失利益(請求二五万六三〇三円) 一七万九四四七円

前認定の事実によると、原告は、本件事故により自賠法施行令別表障害等級一四級一〇号に該当の後遺障害が残つたと認めることができる。

右事実によれば、原告は、本件後遺障害により、症状固定の日から二年間、その労働能力の五パーセントを喪失したと認めるのが相当である。そこで、昭和六二年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の一八歳から一九歳の年収額を基礎に原告の逸失利益額を計算すると、一七万九四四七円になる。

1,928,500円×0.05×1.861=179,447円

7  後遺障害慰謝料(請求一八〇万円) 六三万円

後遺障害の内容・程度、その他記録に顕われた事情を考慮すると右金額が相当である。

8  以上の1、2、4ないし7の損害の合計額は八八〇万〇五三一円になるところ、本件事故と相当因果関係あるものとして、原告が被告らに賠償を求め得る損害は、前判示一の理由により、その六〇パーセント相当額とみるべきであるから、その額は五二八万〇三一九円となる。

三  損害の填補 一二五万九七五四円

原告が損害の填補として受領した右金額(当事者間で争いがない。)を控除すると、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、四〇二万〇五六五円となる。

四  弁護士費用(請求一〇〇万円) 三〇万円

原告が被告らに対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、三〇万円とみるのが相当である。

五  結論

以上によれば、原告の請求は、四三二万〇五六五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年五月一四日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 大橋英夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例